自然豊かな土地でつくる3人の新しい暮らし

中庭が空間をゆるやかにつなげて。4世代で紡ぐ家族の時間

玄関を開けると、北海道のナラの木の質感が足裏に心地よい廊下がリビングに向かってまっすぐにのびています。廊下の目線の高さにとられた窓の向こうに広がるのは中庭。中庭を囲むようにリビングダイニング、キッチン、寝室、水回り、家事室が配置されたI邸。平屋建て2LDK+多目的室に、浴室から続くランドリールーム兼家事室に加えて、夫のTさんの趣味であるDIYのための工作室を備えています。

玄関からリビングにのびる廊下の横に中庭。目線の高さに窓が設けられて中庭の緑が目に入ります。小物を飾るのにも適したスペースに。玄関にはTさんDIYの手すりが置かれて。

取材でお邪魔した日は雨。雨のしずくが庭石を濡らすさまもまた美しく、家に居ながらにして、一日を通してどの空間にいても外の自然を感じることができるつくりです。

I邸が建つのは東京都西多摩郡日の出町。都心からは電車や車で1時間ほどですが、日の出山はじめ、ハイカーに人気の奥多摩や御岳山、美しい渓谷美で知られる秋川渓谷などへのアクセスもよい自然豊かなエリアです。もとはTさんの妻・Mさんのご実家で、90歳を超えるお母さまがひとり暮らしをされていました。

Tさんの実家がある東京・目黒で両親とともに2人の子を育てながら長く暮らしていたおふたり。おふたりがこの土地で平屋建ての家を新築しようと考え始めたのは、2018年の今から4年ほど前。自然豊かなこの土地でお母さまと同居すれば、双方これからの暮らしを楽しみながら安心して過ごせるのではないか、と考えたそうです。現在63歳のTさん。

「平屋建ての家を建てたいなと思い始めたのは、日の出町に移ることを考えるよりもっと前、50歳を過ぎた頃からなんです。私はDIYのほかにロードバイクやスキーが趣味なので、長野あたりがいいかなあと思っていました。でも、日の出町なら少し行けば山もあるし…、自然も豊か。それに高齢のお義母さんとも一緒に暮らせます。そう思って3人で住むための家を、妻の実家が建つ敷地に建てるのもいいんじゃないかと妻に提案したんです」(Tさん)

Mさんも、お母さまもこの提案に喜んで賛成。Tさん、Mさん夫妻とお母さまの家づくりが始まりました。

私が欲しかったのはこれだと気づいた

家づくりに一役も二役も買ったのが、インテリアなどが好きで家づくりにも関心を持っていた息子さんです。

「息子が『ML WELCOM』(『モダンリビング』別冊)という家づくりのための雑誌でオーガニック・スタジオの記事を見つけて、こんな会社があるよとすすめてくれたんです。そのお宅がとても素敵だったので、まずはさいたま市にあったオーガニック・スタジオのモデルハウスの見学に行ってみようと思いました」とMさんは話します。

初めてオーガニック・スタジオのモデルハウスを訪れたとき、おふたりとも「家づくりはここでお願いしたい」と決めたそう。

「その空間に入ったとき、とっても空気が気持ちよくて。はあーって全身の力がぬけていくような心地よさを感じました。大きな窓とデッキがあって木が茂っていて、私の体にしっくりくるなと思ったんです」とMさん。

Tさんもこう続けます。

「自然の力を借りて快適な住環境をつくるパッシブデザインというオーガニック・スタジオのコンセプトが、体感的にとてもわかりやすいモデルハウスでした。それに、一番印象に残っているのはリビングに置かれていた薪ストーブですね。その空間をひと目見て、もうここでいいよって(笑)」

その後、おふたりと同様、子どもは独立し夫婦の終の住処としてオーガニック・スタジオで家を新築、実際に暮らしている小金井市のお宅の見学会にも参加。自分たちの建てたい家、求めている暮らし方がしだいに見えてきたとおふたりは言います。

その後、1年半ほどの打ち合わせを経て着工。2022年3月に完成、入居となりました。

Tさんが「エクセルでこうしたい、ああしたいというリクエストをリストにして。打ち合わせを重ねました。よくつきあってもらいましたね」と話す一方で、Mさんは自分がどうしたいのか、具体的な言葉やリクエストを伝えられずにいたそうです。

「でも、提案してもらった設計図を見て…、ああ、私が欲しかったのはこれだって」

中庭が、リビング、多目的室を挟んでつくられ、お母さまの部屋は元の家の位置のまま、家事のできる部屋が、リビングから奥に位置する場所にとられている。Mさんにとって家づくりは、自分の中の潜在的な暮らしへの想いを形にする作業でもありました。

Tさんが一目ぼれしたという薪ストーブは、夏もインテリアのアクセントに。明るくて風が通る家を建てたいというMさんの願いが形になったリビングです。

「気に入っているのはこのキッチンと、キッチンから母の部屋に続いている小さな窓です。朝、起きたー?って、気軽にキッチンにいながら声をかけられます」

このパントリーもとても使い勝手がよくて…、ととてもうれしそうに話すMさん。

「母は人をもてなすことが好きなので、大鍋やすり鉢、大皿など長く使ってきた台所道具がたくさんありました。それらを処分することなく大切に収納できるのがうれしいですね」

お母さま、Mさん、息子さんと娘さんにお孫さん、4世代が台所に立っても四方があいたアイランドキッチンで導線を妨げることなく、にぎやかにご飯作りができます。山梨出身のお母さまは、Mさんが子どもの頃から大鍋でよく「ほうとう」をつくって人にふるまっていたそうです。

「孫たちが来たときに、母にまたほうとうをつくってもらいたいなと思っています」

キッチンの壁につけられた窓からお母さまと「起きた―?」など
手を止めずに声をかけられます。

お母さまが長く使ってきた台所道具を収納できるパントリー。お赤飯やほうとうなどを孫にふるまってあげたいと言います。

お母さまの部屋は、元の家にあった部屋の位置のまま。窓から見える風景も変わりません。「この窓から、朝日がまっすぐ差し込んでくるの。すがすがしいわよ」

トイレはお母さまの部屋のすぐ隣に設置。家中を一定の温度に保つことのできる空調設備で冬も安心です。

夫婦それぞれの空間と時間を楽しみながら

Mさんのもうひとつのお気に入りは、家事室として使っている場所でほっと一息つく時間です。この部屋を設けた当初の目的は、Tさんの希望でサウナをつけた浴室から出たときに身体を冷ますためだったということですが、「ここで外を眺めながら本を読んだりのんびり過ごす時間が落ち着きますね」とMさんの自分時間を楽しむ空間となっています。

外回りの樹木は既存のもの。隣家の庭を借景とし、東にだけ開けた部屋は夏でもひんやり。

リビング、この東に位置する家事室、多目的室の窓を開けると家全体に風が流れ、猛暑が続いたこの夏も、エアコンは数回つけただけだとか。すぐれた断熱性能に加えて、自然の風を取り込むために計算された窓の大きさや配置。おふたりがオーガニック・スタジオのモデルハウスで感じたように、I邸にいると空気が循環している心地よさを感じます。

「断熱って本当に大切なんだなと夏を通して暮らしてみて思いました。これから薪ストーブの暖かさを体感するのが楽しみ」とおふたりは口をそろえます。

Mさんのお気に入りの空間、家事室。庭からの風景は、幼い頃を過ごした実家のまま。ザクロの大木が木陰をつくり、隣家の庭も借景とすることで奥行きを与えています。

中庭はおふたりがリクエストしたわけではなかったとのことですが、Tさんは「暮らしてみて、この空間がとても大きなメリットをもたらしてくれていますね。リビングから中庭を挟んだ部屋まで見通せて、向こうにいる人の気配がわかる光景にとても満足しています」と話します。

夏の間は、布団を中庭に面した多目的室に敷いて、窓を開け、空を見ながら眠りにつくのがとても心地よかったそう。

「都心と違って中庭の窓から星も月もきれいに見えるんです。山の近くに住みたい、ロードバイクであちこち走りたいと思ってここに家を建てたけど、家にいるのが気持ちよくて、外に出かけなくなりましたね」

中庭を挟んでリビングと第二のリビングとしても使っている多目的室。目線の向こうに人の気配を感じられる距離感が心地よい。

お母さまの祖父がつくったという階段箪笥も多目的室に置かれて。新しい家にもしっくりなじみ、落ち着いた空間を醸していました。長く愛された家具をいかすことで、住む人の歴史がまたつながっていきます。

Tさんの趣味のDIYは、本格的です。以前住んでいた目黒の家では、玄関を開けると工具や材木がずらっと並んでいる状態。新築にあたってエントランスのガレージの隣に、工具などを収納、作業場としても使える工作室を設けました。玄関には、お母さまが靴の脱ぎはきが楽になるように手すりを。息子、娘家族が泊まるときに使用する多目的室には、孫がお絵描きなどを楽しめる机など、Tさんが作った家具が置かれています。

「これから薪ストーブの時期になるので、つぎは薪を保管する棚を作りたいと思っています」

写真左:Tさん、たっての希望でしつらえた工作室。本格的な工具が並びます。休日は朝8時ごろから工作室にこもって作業を始め、気づくと夕方5時ということもあるそうです。写真右:Tさんがつくったテーブル。お孫さんがお絵描きをするのにちょうどいい高さに。

親も子もリフレッシュできる場、家族の安全基地として

やりたいことがたくさんあって忙しいと笑うTさん。現在は会社員として勤めに出ていますが、時間がとれるようになったら、これまでお母さまが作っていた自宅敷地内の畑で野菜作りに励みたいと言います。

「孫たちが来たときに一緒に収穫したり、新鮮な野菜を送ってあげたりね」と楽しみが尽きない様子のTさん。

おふたりが家づくりにあたり求めていた大切なコンセプトに、都内に住む息子さん、娘さん家族がもし災害が起こったときに一時的な避難場所として過ごせる場所をつくりたいという思いがありました。

「SE構法は、災害時の家族のシェルターとなります。太陽光パネルと蓄電設備も備えました。もし災害が起こっても家にいればいいという安心感が生まれたことが、これからの暮らしの大きな気持ちの備えになっています」とTさんは話します。

日の出町は、息子さん、娘さんが暮らす街からも車で1時間ほど。2022年3月に入居後、たびたび子どもたちと訪れ、一歩出れば豊かな自然が広がる暮らしを一緒に楽しんでいるそうです。

「昨日まで娘家族が来ていたんですよ。2歳の男の子、女の子の双子の孫も一緒に。娘はここに来ると体調がよくなると言っています。子どもたちがのびのびと駆け回っても大丈夫ですし、母親も気持ちが安らぐのではないでしょうか」とMさん。

Tさんも「来週は、息子家族。代わる代わるここに来ていますね。さっと来られるプチリゾートみたいな感じだね。もう少し孫たちが大きくなったら夏休みだけ子どもたちを預かるとか、山も川も近いのでいろいろな体験をさせてあげられる場所にできたらいいなと思っています」と話します。

子どもたちにとって、この家の風景、木の感触、薪ストーブの香りや炎のゆらぎ、4世代で囲む食卓。そのどれもが、かけがえのない心象風景となって刻まれていくでしょう。

ウッドデッキで夏は孫たちにプール遊びをしたり、バーベキューをしたりするのがこれからの楽しみと言います。

暮らし始めてから半年。引っ越しや家の中を整えるのに忙しい時期を過ぎ、ここでの暮らしの少し先を考える余裕が出てきたというMさん。

「義両親と同居していた目黒での暮らしでは、子育てや家のことで精いっぱい。自分の時間を優先することも好きな趣味もなくて……。家づくりを通して、あ、自分はこう思っていたんだって自分の気持ちに気づくこともできたんです。きっと、これからですね」

母、娘、息子家族、孫と一緒に自然を感じリラックスできる場であり、家族の命を守る場でもある家が、自分の気持ちと時間を大切に思える空間でもあること。子育てを終え、夫婦とその親が暮らす家づくりは、これから続く人生の大切な一歩に。

4世代家族の時間が、これからここで紡がれていきます。

撮影/柏原真己 かしはら・まき

フォトグラファー。東京都出身。写真スタジオアシスタントを経て、2001年よりフォトグラファーとしてフリーランスで活動を開始。90年代半ばに沖縄、八重山諸島を訪れて以来、その魅力に取り憑かれ2003年~2010年まで沖縄に在住。雑誌やCDジャケットを中心に東京や沖縄の様々な媒体を手掛け、2011年より活動拠点を東京に移す。

文/大武美緒子 おおたけ・みおこ

フリー編集者・ライター。さいたま市在住。アウトドア関連の出版社、企業の広報誌や社内報を制作する制作会社勤務を経てフリーに。「身近な自然とつながる」をコンセプトとしたリトルプレス『Letters』編集・発行人。著書に『山の名前っておもしろい』(実業之日本社)、共著に『山歩きレッスンブック』(JTBパブリッシング)がある。