リビングで笑う二人

住宅地・狭小地で叶えた

ふたりでつくる「住んでいるだけで楽しい家」

妻の不安…「北東向き!?日当たりは!?」マイナスを消してプラスだけ残した家

玄関を開け、らせん階段をのぼってリビングのある2階へ。上を見上げると南側に採られた開口部から降り注ぐ陽光が、漆喰の壁に反射してやわらかい光を家全体に届けています。1階にビルトインガレージとエントランス、北側にオーガニック・スタジオの事務所として使用予定の部屋。3階に水回りと寝室、屋上には野菜やハーブなどを植えた菜園があります。

写真左:1階ビルトインガレージの両側に玄関と事務所で使用予定の部屋。ガレージの向こうには遊歩道が。ガレージはDIY作業をする場としても活用。写真右:玄関を開けるとらせん階段が屋上まで続く吹き抜けの階段スペース。ペントハウスで採った光が1階まで降り注ぎます。

2階リビングダイニングの東側に大きく窓がとられ、目の前に南北に流れる小さな水路、そのわきに遊歩道が。住宅密集地にある約81㎡の敷地とは思えない開放的な空間が広がります。街中にあって、目線が水路と遊歩道に沿って空にぬけていく風景はとても貴重です。

「この土地をはじめに見たときは築40年以上たった古屋が建っていて、遊歩道も整備されていなかったのですが、この水路のある風景を見たとき、ここがいいなと思いました」とオーガニック・スタジオ代表取締役の三牧省吾さん。

一方、妻の洋子さんは、一見して「ここはない」と戸惑いを隠せなかったそう。

「実家が高台の日当たりのよい場所だったこともあって、これまで部屋探しは南向きが第一条件。なのにこの土地は、東と北しかあいていなくて、え!?日当たりは? 洗濯物どうするの? 寒そうだし、水路の横で湿気も心配…、と拒絶反応でした(笑)」

洋子さんと同じように、土地探しは日当たり優先、南向きが条件という考えの方は、とても多いのではないでしょうか。

「土地を選ぶときに、売れ残りの土地にいいのがありますとお客様に話しています。まさにそれを証明する機会だなと思いました」という三牧さんはこう続けます。

「その土地のいいところと悪いところ、プラスとマイナスが両方ある土地だと、マイナス面が気になって皆さんこわくて買えないですよね。南側に建物があったりして、日当たりが心配で選ばれなくて売れ残っている。ですが、たとえば光はどこかから入れば大丈夫など、マイナス面を建築的に帳消しにできればプラスしか残りません」

洋子さんの不安を解消するためのプランを三牧さんがプレゼン。はじめて土地を見たとき不安を感じた日当たり、寒さ、湿気はまったく問題なかった、と入居して約3年たった今実感しているそうです。

リビングダイニング

2階のリビングダイニング。東側に大きくあいた窓からデッキに出られます。眼下には水路と遊歩道が。住宅密集地とは思えない開放的な空間が広がります。コンパクトな薪ストーブが、通年、インテリアのアクセントに

薪ストーブの楽しさと放射暖房としての暖かさは格別。なによりリビングで炎を眺めているだけで気持ちが安らぎます。

薪ストーブ
螺旋階段

南側にとられた窓が吹き抜けの階段スペースを通じて階下に光を届けています。

3階にある浴室。玄関とゲストも使う1階のトイレ以外に扉がまったくないのも三牧邸の特徴。各フロアにも仕切りがなく、家中一定の温度が保たれています。

浴室

「この家にいれば安心」という大きな支え

屋上への階段室南側の窓から冬の日光を取り入れ蓄熱、屋上ペントハウスの屋根に設置した太陽集熱パネルに蓄えた熱を活用して暖房のエネルギーの助けとしています。

「家の中のどこにいても温度が一定なのは、すごく体が楽だなと実感しています。実家にいたときは、冬のお風呂場はとにかく寒かった。でもここは浴室も脱衣場も暖かい。冬でも素足で過ごせて快適ですね。そういえば、私以前はしょっちゅう風邪をひいていたんですけど、この家で暮らしてからひかなくなりました」

それに……、と洋子さんは続けます。

「耐震構造がしっかりしていて、地震や水害など災害があっても、この家にいれば安心という支えがあることがとても大きな気持ちの安らぎにつながっています」

いざというときは家族を守るシェルターになる家、日々を健康に暮らせる家。オーガニック・スタジオの家づくりにおいて妥協できない要素です。

住宅における省エネと断熱の性能を数値で表した「HEAT20」は、高い順からG3、G2、G1という性能レベルが設定されていますが、オーガニック・スタジオではG2+パッシブデザインを採用。

「G3まで性能を上げると、窓を少なくするなどの制限が出てきます。そうすると風通しや日射取得に必要な開口を確保できない。G2性能とし、季節によって外の風を入れるなどしながら、周囲の自然と折り合いをつけていく暮らしの方が楽しいかなと。住んでみてやっぱりG2でちょうどよかったなと思っています。(三牧さん)」

ペントハウス

屋上ペントハウスの屋根に設置された太陽熱集熱パネル。この熱でお湯をつくりエコキュートの貯湯タンク内に送っています。

実験的屋上菜園でエコな暮らし
お料理も楽しく

自然とつながる暮らしを楽しむことは夫婦共通の希望でした。その希望を形にし、軽量土壌を敷きつめた屋上菜園には野菜やハーブ類が植えてあり、メダカが泳ぐビオトープも。

「小さいですが畑やハーブ園を楽しんでいます。住宅密集地、地面と切り離された場所で何ができるかをやってみたかったんです。野菜くずを直接まいてみたり、ダンゴムシを土に放してみたり(笑)。コンポストも活用しています。何ができるか、いろいろ試していきたいですね」

写真左:屋上菜園では野菜のほか食用のハーブを育てています。「ハーブを自宅の庭から採ってきてお料理に使うのが夢でした。お酒も好きなので、今日のお料理に合わせてお酒は何にしようかなと考える時間も楽しくて」(洋子さん) 写真右:屋上菜園にはメダカも。夏の日差し対策に洋子さんが日除け台づくりに挑戦。

三牧邸を訪れたこの日は気候のおだやかな秋。リビングの窓をあけるとさわやかな風と木々の葉ずれ、鳥のさえずりが聞こえてきました。リビングから続くデッキには、遊歩道ぞいに開かれた庭のアケビが2階のデッキまで蔓をのばしています。

「家と庭の緑が街とつながって、緑豊かな街並みをつくってくれるような家にしたいと思っています」(三牧さん)

「デッキに小鳥向けの餌場をつくっているのですが、キジバトやシジュウカラがやってくるのを眺めるのが楽しくて。在宅勤務中のいい気分転換になっています」(洋子さん)

水路沿いの遊歩道を散歩する人が、コロナ禍ですごく増えたそう。道行く人が庭に植えたイロハモミジやヤマボウシなどの雑木を見上げていきます。

地域と身近な自然と家がゆるやかにつながって、ずっと昔からそこにあるかのような風景に。そこで足をとめて木々を眺める人がいる。家が地域にもたらすものは、とても大きいのだと感じました。

都内に出勤していたころは、「家に寝に帰るようだった」という洋子さん。コロナ禍で在宅勤務に変わり、時間にゆとりがうまれたとか。庭先でつんできた草花をキッチンやダイニングに飾るのも楽しみのひとつ

遊歩道を歩く二人

遊歩道沿いを散歩。街中の小さな自然ですが水路には鯉や水鳥もやってきます。庭には落葉広葉樹を中心に在来種を植栽。

裏テーマは「真鍮」。
好きなものに囲まれて

好きなもの、家でやりたいこと、大切にしたいことを共有し、家づくりを進めていくなかで決めたふたりの共通テーマは「真鍮」。キッチン台の照明、スイッチ、手すり、引き出しの取っ手に真鍮素材をチョイス。住宅設備メーカーに勤務する洋子さんが、水栓ほか水回りの設備をセレクトしました。

キッチンに立つ二人

キッチン台の照明は「ゴールデンベル」。フィンランドの世界的建築家、アルヴァ・アアルトがデザインしたもの。フィンランドを旅行した思い出とアアルトへのオマージュ。

らせん階段の手すり(写真左)、スイッチ(写真中央)など家の要所に真鍮製のものをセレクト。真鍮のトカゲくんは1Fトイレのドアの取っ手に(写真右)

「少し使い込まれたような風合いのしつらえにしたいと思っていたんです。ダイニングテーブルも自然の木目を生かした無垢の木を使って……、こんなふうにしたいというデザインを絵に描いて三牧に渡したら、イメージ通りのテーブルができてきて! 自分の思っていたことが形になるのが新鮮で楽しかったですね」(洋子さん)

そんな洋子さんがこだわったアイテムのひとつが、リネンのカーテンです。なかでも目を引いたのが、寝室にかけられたブルーグレーのカーテン。

「リネンのカーテンをつけたいと思ったのですが、なかなか見つからなくて。探して、あきらめかけたころに、「natsusobiku」という国産リネン専門店にたどり着いて。カーテンが素敵だったのはもちろん、ブランドのコンセプトにも共感できたので、ああ、ここのリネンカーテンを使いたいと思って選びました」

寝室は壁の2面をブルーに。窓からは水路ぞいに空にぬける風景が広がります。

リネンのカーテン

リネンの風合い、天然素材ならではの自然なドレープが部屋全体をやわらかい印象に。

自分達の為の家づくり

家づくりをする世代はさまざまですが、子育て世代はとくに、子どものいる暮らしを中心に考えることも多いでしょう。でも、子供は親の背中を見て育つし、子育てを終えてからの人生が長いことも念頭においてほしいとおふたりは言います。

「大切にしたのは、自分が暮らしのなかで何をしているときが一番楽しいか、幸せを感じるかということです」という洋子さんは、家づくりから今日までを振り返ってこう話してくれました。

「住宅メーカーでも、自由設計での家づくりはできると思いますが、多くはいくつかのプランからセレクトしていくタイプが多いですよね。その場合、暮らしの方を家に合わせていく部分も出てくると思うんです。その点では、家のひとつ一つを自分たちがしたい暮らしに合わせていったので、おのずとしっくりくるものに行きついたというか…自分のしたい暮らしにぽこっとはまった感じかな。はじめは拒絶反応だったこの土地も(笑)、発想や見る角度を変えると、自分にとっていいものを生みだせるんだなと思いました」

既成概念にとらわれず、実験的な試みをしながら暮らしを楽しむ場所。三牧邸は、実経験の場として、オーガニック・スタジオが今後かかわっていくお客様にたしかな信頼の土台に。そして、おふたりの人生にそっと寄り添い、安心感と幸せな時間をもたらす場所であり続けることでしょう。

家を見上げる二人

庭木を眺め、訪れる小鳥たちを愛でながら語らう時間。信州カラマツ材の外壁は樹木の生長とともに経年美を伴って味わいを増していくはずです。

撮影/柏原真己 かしはら・まき

フォトグラファー。東京都出身。写真スタジオアシスタントを経て、2001年よりフォトグラファーとしてフリーランスで活動を開始。90年代半ばに沖縄、八重山諸島を訪れて以来、その魅力に取り憑かれ2003年~2010年まで沖縄に在住。雑誌やCDジャケットを中心に東京や沖縄の様々な媒体を手掛け、2011年より活動拠点を東京に移す。

文/大武美緒子 おおたけ・みおこ

フリー編集者・ライター。さいたま市在住。アウトドア関連の出版社、企業の広報誌や社内報を制作する制作会社勤務を経てフリーに。「身近な自然とつながる」をコンセプトとしたリトルプレス『Letters』編集・発行人。著書に『山の名前っておもしろい』(実業之日本社)、共著に『山歩きレッスンブック』(JTBパブリッシング)がある。