ダイニングキッチン

おとなの家づくり。

ふたりが重ねてきた時間がつくる「心地よい家」

玄関を開け、鉄平石が張られた壁を回り込んでリビングに入ると、南側に大きくとった窓。つづくウッドデッキの向こうには、涼やかに梢をゆらす白樺の木が3本。木漏れ日が窓辺に差し込みます。以前から植えられていた白樺だそうですが、「この家を建てる前は、白樺のあるこのスペースは、普段使っていない物の物置き場になっていて完全に捨てられていたスペースだったんですよね」と話すのは夫のYさん。「ご近所の方からも、白樺なんてあったのね。信州の高原に来たみたい。なんて言われます(笑)」と妻のMさん。

ずっと前からここに植えられていたという白樺ですが、2019年の春に新築された真新しい家ともすっかりなじんで、MI邸のシンボルツリーになっています。

南側の広いデッキから元住んでいた実家の母屋に面して、西側に回り込むようにぐるっとデッキをつけています。

大開口の掃き出し窓の向こうにつづく、ウッドデッキ。窓を開けると周囲の木々が爽やかな空気を運んでくれます。

MI様が、これまで住んでいたご実家敷地内に夫婦で住む家を建てようと計画したのは、ふたりのお嬢さんも成人し、好きなものにかこまれ、静かに暮らせるふたりの終の住処をつくろうという思いから。

ご実家は、江戸時代から続く農家。おふたりとも美術大学出身、夫Yさんは、芸能デザイン学科で舞台美術を専攻、コンサートステージデザイナーをされています。妻Mさんは工芸デザイン学科で陶芸を専攻、所有する不動産管理業、マンションプロデュースなどをお仕事にされています。美術大学時代に知り合ったおふたりは結婚後、ご実家の2階を改築して住み、子育てもここでしてきました。

美的感覚を研ぎ澄まし、ものづくりにずっと携わってきたおふたりの家づくりは、細部まで「好きなもの」「自分たちがこれからしたい暮らし」にこだわったものでした。

ダイニングキッチンで笑うご夫婦

夫のYさんと妻のMさん。実家で生まれ育ち、一度も引っ越しをしたことがなかったというMさん。「引っ越しをしてみたい」というのも母屋の改築ではなく、新居を建てることにしたきっけかのひとつだったとか。

「わたしたちの思いや希望を相談すればこまやかに汲み取ってくれると思った」

MI様が、さいたま市見沼区にあるモデルハウスを訪れてくださったのは2017年の晩秋。いくつかの施工業者をネットで「木造、平屋、自然素材」といったワードで検索、ピックアップし資料を請求、最初のアプローチがオーガニックスタジオでした。

「さいたま市の会社が小金井市の物件まで手掛けてくれるのかなとは思ったんですが、大丈夫です、というので大宮まで行ってみようと。大宮駅からさらにタクシーに乗って20分ほどでしょうか。周りは川と畑、その日は吹きさらしの風がビュービュー音を立てていて、すごいところまで来たな、大丈夫なの!?というのが第一印象でした(笑)」(Yさん)

不安な気持ちでモデルハウスの扉を開けたYさん。スタジオに入った瞬間、「この心地よい空気はなに?」と驚いたそうです。「その日は寒い日で薪ストーブがたかれていたんです。そのほのかな香りと火を入れた薪ストーブのある空間に一瞬で惹かれてしまって」

Mさんは、「薪ストーブにもともと興味はなかったのにね。家じゅうやわらかい暖かさがあるのに、とっても静かだなあと思いました」と言います。

その日におふたりの希望と立地条件などをお聞きし、ラフデザインをご提案することになります。子育てを終え、自分たちのために家を建てようとしていること、好きなことやしたいことがわかっていて、主体性をもってどうしたいかはっきりしているMIさん夫妻の暮らしのイメージは明確です。

オーガニックスタジオでは、さらに潜在的な希望や暮らしのイメージを引き出しながら、経年変化や選択肢をご提案しつつ、具体的な形にしていきます。

「私は、いくつかハウスメーカーさんを見てから決めることになるかな、とは思っていたんですが、夫がここにしようともう即決でしたね」(Mさん)

― オーガニックスタジオで家づくりをしようと決めた要因はどんな点だったのでしょうか?

「外観・内装のデザイン、漆喰の壁や鉄平石を使った素材もいいなと思いましたし、できるだけ冷房を使わずに過ごしたかったという希望と、周囲に樹木が多いわが家の環境。それがオーガニック・スタジオのパッシブデザインにぴったり合致するなと思ったこと。それに、うちの蔵に少なくとも30~40年前からずっと保管してあるケヤキの板があるんですが、『いつか家を建てるならこのケヤキを使いたいね』ってふたりで話していたんです。三牧さんに話したら、できますよって言ってもらえて。ほかのハウスメーカーさんは注文住宅、自由設計といっても、いくつかの選択肢から選ぶことがほとんど。オーガニックさんは、私たちの細かい思いをくみ取って、相談にのってくれそうだなと思ったことが大きいですね」(Yさん)

「そう、それも大きかったよね。それに、資料請求してから一度も営業の電話もないし、モデルハウスに行ったときも、強引におしてくる様子が全然ない。そこに、安心感があったことも理由のひとつですね」とMさん。

おふたりが、「ずっといつか家を建てるときに使いたかった」と思い続けていたというケヤキの板は、リビングのダイニングテーブル、テレビ台に。暮らしのなかにしっかりと根を張って存在感を放っています。

ケヤキの板のダイニングテーブル

蔵にずっとしまわれていたケヤキの板でつくったダイニングテーブル。長い年月を経て家族の暮らしの中心に置かれる存在に生まれ変わりました。掃き出し窓のある床に張られたタイルに木漏れ日が揺れて。ここからの庭を眺めながら季節の移り変わりを感じる。とても贅沢な時間が流れます。

テレビ台のアイアンの脚はリモコン類などを置く場所としても。「抜けをつくりたかったんですよね。三牧さんとあれこれ相談して、中が空洞になっているアイアンの柱を切って使うというアイディアをいただき、イメージ通りの使い方ができています。テレビの上の棚も、家を建てたら、本や雑貨をこうやって壁に飾りたい」と思っていたのでリクエストしました」(Yさん)。

オーディオ設備や、手すりの柱の間隔、洗面所の明かり取りの天窓など、随所にYさん、Mさんのこだわりを形にしたMI邸。そのMさんのこだわりのひとつが、寝室からキッチンに直接行き来できる同線。Yさんは「マスト!」と希望してつくった音楽スタジオです。

バンドを組まれているYさん。お仲間も集まってここで演奏、練習をしています。

キッチンにつながった寝室

キッチンから直接つながった寝室。朝起きてからの家事をスムーズにしたいというMさんの希望から。引き戸を閉めておけばキッチンの匂いが気になることもないそうです。

もともとは平屋の予定で計画していましたが、お嬢さんたちが来た際や、ゲストルームとしても使えるように2階もつくることにしました。

2階にも大きなデッキをつけています。「まだまだこのスペースを使いこなしていなくて。これから星がきれいな季節になったらここで空を見上げるのが楽しみですね」とYさん。ゲストルームの西側の窓からは、上のお嬢さんが生まれたときに植えた桜の木が、1枚の絵のように眺めることができます。

「パッシブデザインの観点から、ここはもともと窓をつける設計にはなっていなかったんですが、この桜の木には強い思い入れがあって。部屋から眺められるようにどうしても桜を切り取る窓が欲しい、と三牧さんに頼みました。来てくれたゲストも、桜の季節にここから花咲く様子を眺められたら喜んでくれるかなと思っています」

写真左:春にはこの窓から桜の花が咲く光景が眺められます。住む人の思いを大切に、暮らしをデザインしていきます。写真右:2階につくられた広いデッキは「これから季節に合わせて使いこなしていくのが楽しみ」という場所。隣家の大きなケヤキの大木を借景に。周囲ぐるりと緑を見渡せます。

想いにふける場所がたくさんある家、好きな時間もあたらしく生まれて

階段を上った場所には、棚を造作して蔵書スペースに。Yさんの大学時代の友人でもある照明作家さんにオリジナルの和紙の照明を発注し、取り付けています。

「仕事に反映させるセンスを磨くためにも、家で思いにふけるスペースを大切に考えています。ここはそんな場所のひとつ。煮詰まっちゃうような場所より、気持ちの良い場所が家にたくさんあると仕事への好循環が生まれますよね」

Mさんのお気に入りのスペースは、ダイニングテーブル、庭を眺められる側の右の椅子。

「食事のときはキッチン側の椅子がわたしの定位置なんですけど、まだみんな寝ている朝、ひとりでほっと庭を眺める時間が好きです」

そんなお気に入りの時間も、家を建てて新しく生まれたことのひとつだそうです。

写真左:思いにふける2階読書スペース。照明作家の友人につくってもらった照明も特別な空間を演出しています。写真右:2階読書スペース部分の吹き抜けからダイニングを見下ろすと、木漏れ日のさす風景が美しく眺められます。Mさんのお気に入りは、朝、ひとりでダイニング手前右側の椅子に座って庭を眺める時間。

― 入居してから半年、おふたりに住み心地について改めてうかがいました。

「まず、ケミカルな感じの一切ない木をはじめ自然素材の香りが心地いいですね。それに換気システムがすごくいいと体感してします。一日中空気が循環していて、暑い日でも空気がよどんでいる感じがしないし、極端な湿度の変化も感じません」(Yさん)

「寝室にはクーラーをつけなかったので、もしかしたら夏は暑いかなとも思っていたんですが、ドアをあけて空気を循環させれば、暑苦しいということもなくこの夏を過ごせました」

― Yさんは、ほかにも生活の変化があったといいます。

「以前は週に2回はいわゆるスーパー銭湯に行っていたんです。そういえば……、入居してから1回も行ってないな。ここが気持ちよいからでしょうね。道路側に面しているので、お風呂場の目隠しに塀をつくろうか、という案もあったんですが植栽が自然に成長して目隠しになってくれた方が景観的にもいいと思って塀はつくりませんでした」

実家の庭から取り出した石と雑木が植栽された外溝。木々が成長して、まちの緑と家の緑をつないでくれるでしょう。

「洗面所には、明かり取りの窓をつけたんですが、お風呂が気持ちよくてゆったり過ごせるので、空が眺められる天窓をお風呂場にもつくればよかったなあって思っています」(Yさん)。

夫婦の価値観をすりあわせながら。おとなの家づくりとは

― 家づくりを通じて大変だったのはどんなことでしょうか?

「夫婦の意見のすりあわせが大変でしたね。短期間に集中してさまざまな決断をしなくてはいけない。これまで家をつくることに関して、ふたりとも建築家の前川邦男さんをリスペクトしていて、小金井市にある前川邸を見ながら『いつかこんな家を建てたいね』って話していました。ある程度夫婦でこうしたい、って共有できている部分もあったけど、実際建てようとなると、サイズ感から合わないし、こだわっているところが全然違っていたりしてぶつかることもよくありました」(Yさん)

「私は、余計なものは極力省いた、できるだけ小さい家にしたかったんです。でも夫は小さい、小さいって。私が選んだものも、えー、それ却下って言われたりしてね(笑)」(Mさん)

でも……、と続けるYさん。

「これまで母屋の二階に住むために増築したり、子どもたちの成長に応じて家具を買い替えていったりしながら、少しずつ素材やパーツについての知識や好きなものへのこだわり、それにふたりの価値をすりあわせていくという経験が、蓄積されていった部分があったのかな、と思います」

― これから、家づくりを考えている方にアドバイスはありますか?

「こうしたい、こんな暮らしがしたい、これが好きという点を妥協しないで三牧さんはじめ、オーガニック・スタジオの皆さんに相談しながら家づくりができたらいいと思います。一つひとつ考えてつめていくのは大変だけど、そのあとに続く暮らしは自分たちがつくっていくので」(Mさん)

― 季節を過ごし、長く暮らしていく中でカスタマイズしていきたい思うとおふたり。

「家づくりを通じて、やっぱりものづくりは楽しいなあと美大根性に火がつきましたね。まだ火がつきっぱなしの状態(笑)。芝生の養生が終わったら、本格的に芝生の上でバーベキューもしたいし、冬の薪ストーブに火を入れて、火を見ながら思いにふける時間が楽しみですね。家づくりは、長くかかわっていくパートナーを得るのが大事。これからもパートナーの三牧さんに相談しながら、この家を使いこなしていくことを楽しんでいきたいです」(Yさん)

3月末に入居したばかりのときにも、薪ストーブに火を入れたそう。「楽しかった!」とYさん。「冬はどんなあたたかさを体感できるのか楽しみです」。庭にも薪置き場を作ってスタンバイ。季節が巡る楽しみを味わっています

2階に立つご夫婦

1階リビング、ダイニングの上部は吹き抜けに。シーリングファンからの風がおりてきて夏でも最低限の冷房で涼しく過ごせます。「これからも暮らしながらこの家をカスタマイズしていきたいです」とおふたり。

学生時代、結婚、子育て。30年あまり一緒に暮らし、お互いを尊重しながら過ごしてきた時間と気持ちの積み重ねが、このMI邸に表れています。

季節がめぐって、白樺が黄葉するころ、落葉して薪ストーブに火が入るころ、桜の花が咲くころ、またおふたりの暮らしを拝見させていただくのが楽しみです。

撮影/柏原真己 かしはら・まき

フォトグラファー。東京都出身。写真スタジオアシスタントを経て、2001年よりフォトグラファーとしてフリーランスで活動を開始。90年代半ばに沖縄、八重山諸島を訪れて以来、その魅力に取り憑かれ2003年~2010年まで沖縄に在住。雑誌やCDジャケットを中心に東京や沖縄の様々な媒体を手掛け、2011年より活動拠点を東京に移す。

文/大武美緒子 おおたけ・みおこ

フリー編集者・ライター。さいたま市在住。アウトドア関連の出版社、企業の広報誌や社内報を制作する制作会社勤務を経てフリーに。「身近な自然とつながる」をコンセプトとしたリトルプレス『Letters』編集・発行人。著書に『山の名前っておもしろい』(実業之日本社)、共著に『山歩きレッスンブック』(JTBパブリッシング)がある。