市川市・K様邸
家と庭、雑木林の緑がつながる平屋の家
「ここ好きだな」
緑地に接したこの土地に出会って
住宅地の細い路地を進んでいくと、目の前に広がるのは市川市が管理する緑地の雑木林。K邸はその森に囲まれた場所に建っていました。約130坪の土地にゆったりと佇む平屋建て。葉ずれの音、鳥のさえずりが心地よく、ここが都心からもほど近い住宅地であることを、エントランスに立った瞬間に忘れてしまいそうです。
「それまで、まわりに緑の多い土地をいくつか見ていたのですが、不動産屋の担当者さんが、『たぶん、好きだと思いますよ』と最後に紹介してくれた場所なんです。見てみたら、あ、ここいいな、好きだなと思いました」
と話すのは、妻のミクさん。夫のマサヒロさんはこう続けます。
「もともと2軒が建っていた土地だそうで、敷地内に1・2mの段差があります。道路からの入口も狭く、いわゆる旗竿の変形地。だからなのか敷地の広さのわりに価格が安かったこともこの土地を選んだ理由のひとつです。オーガニック・スタジオの三牧さんにも土地を見てもらって、なんとかなるんじゃないかなと言ってもらえたのでここに決めました」
おふたりは、子ども時代を過ごしたのも、自然豊かな場所でした。マサヒロさんは山を駆けまわって友達と遊んでいたそうです。「山と海に囲まれた場所で育ったので、家を持つ場所は自然のある落ち着いた場所、というイメージをずっと持っていました」とミクさん。
敷地内に1・2mもの段差がある土地はオーガニック・スタジオにとっても初めてでしたが、可能性も感じたと当社代表の三牧は話します。
「一般的に考えれば、選ぶのにはかなり勇気のいる土地だと思います。それに臆することなくこの土地のポテンシャルを感じ、選んだおふたりの感性がすごいなと思いました。そんなおふたりの感性を活かした暮らしを営んでいける家をイメージしながら設計にあたりました」
市が管理する緑地に接し雑木林に抱かれるように建つK邸。緑地内には遊歩道も整備され、森林浴に訪れる人も多い場所。
「ナチュラルな雰囲気」「光が入る大きな窓」の希望で行き着いたオーガニック・スタジオ
現在32歳のおふたりが家づくりを考えたのは、今からおよそ5年前。それまでは高層マンションが並ぶ東京都・豊洲に住んでいました。当時はふたり暮らしでしたが、30歳までには家を持ちたいと考えていたそうです。
ナチュラルな木の雰囲気。光がたくさん入る大きな窓。この2点を希望していたというミクさん。施工例を見てその希望とぴったり合ったのがオーガニック・スタジオでした。さっそく、ふたりでさいたま市見沼区に所有していたモデルハウスを見学に。
「木に囲まれた落ち着いた雰囲気で、すごく心地よくて。三牧さんとお話して、もうほかは見なくていいやと。オーガニック・スタジオで家をつくることに決めました」とおふたりは口をそろえます。
料理が趣味というマサヒロさんが希望していたのは、広いキッチン。
「18歳で一人暮らしを始めたとき、自分で美味しいものを作って食べることの楽しさに気づきました。プロのシェフが出している動画や本を見て、料理の奥深さを感じだんだん好きになりました」と話すマサヒロさん。料理家電のスペックにもこだわり、キッチンの配置などイラストを描いて渡したそうです。
子どもの思い出をたくさんつくってあげられる家
「漠然とですが、これから子どもが生まれるとしたら、賃貸のマンションではなく住み続けられる家のほうが子どもたちの思い出をたくさんつくってあげられるかなと考えていました。それに、豊洲では庭のない家が多くて、公園に行くにも交通量の多い道路を渡っていかなくてはいけない。子どもたちはどこで遊ぶんだろうと不思議に思っていたんです」とマサヒロさん。
2021年の8月に入居後、現在2歳の息子さん、その後7カ月になるお嬢さんが生まれ、4人暮らしに。
「今思えば、家づくりの最中は、子どもとの暮らしは想像できていなくて自分たちの好きなこと、希望だけを考えていましたね」と言うおふたりですが、慌ただしい乳幼児育児のまっただなかでありながら、おだやかでゆったりとした空気が流れているのは、緑に囲まれた平屋の暮らしにもその理由がありそうです。
「子どもは庭でたっぷり遊べますし、私もこの家からの眺めに満足してしまっているので、どこかに行くことが少なくなりましたね」とマサヒロさん。
息子さんは庭やウッドデッキでのびのびと遊び、家庭菜園の野菜に興味津々。ウッドデッキで育てているイチゴを食べるのが毎日の楽しみなのだとか。これほど自然素材が身近にあふれている自宅であれば、なにかを与えたり、遊具のある公園や遠くに出かけたりしなくても、子どもは自ら遊びをどんどん生み出していくでしょう。
リビングから続くウッドデッキや庭を行ったり来たりしながら遊ぶ息子さん。周囲の雑木林が庭の緑とつながって、のびやかな空間に。
「家庭菜園で子どもに、何かを作る経験をさせてあげたいなと思っています」とミクさん。
段差のある土地の上部に建てられたリビングから庭を囲むように配置した和室(写真左部分)。ウッドデッキではイチゴ、ブラックベリー、ハーブなど鉢植えの植物を育てています。
ネックだと思っていた段差を生かして庭と雑木林へつながる目線の変化を楽しむ
土地を購入した時点では、仲介した不動産業者の担当者にも、段差のある土地の上部に建物、下部が庭になるのではと言われ、おふたりも漠然と上部に2階建ての家が建つのをイメージしていたと言います。
「最初に設計プランを出していただく際に伝えたこちらの希望としては、この景色を眺めながらお風呂に入りたい、キッチンは広くしたいという点を伝えたくらいだったのですが、三牧さんに平屋はどうですか?と聞かれて、平屋ができるんだ!とびっくりしました」とマサヒロさん。
設計プランで提案されたのは、リビングを中心に庭を囲むようにコの字型に配置された家。スキップフロアにし、リビングから庭に向かって階段を下りた場所に和室を設けています。
「こんな形の家ができるんだ!と。私の想像を超えていました。リビングに面したウッドデッキの左右が囲われていることで、外からの目線を遮ってくれますし、強風からも守ってくれる安心感があります」(ミクさん)。
K邸のすぐ横を、緑地へ続く遊歩道が続いており、ここを歩く人も多い場所柄。道すがら、素敵な家ですねと声をかけられることも多いそうです。
「正方形ではないことにまず驚きました。ネックになると思っていた段差が活かされていて、リビングからは庭とその向こうの雑木林を俯瞰できる。1段下がった和室からは庭と同じ視点で外を眺められて、部屋と緑との一体感がある。外の自然へつながる目線の変化が生まれていて、家で過ごしていて飽きないんですよね」(マサヒロさん)。
リビングから階段を数段降りて和室へ。普段はマサヒロさんのワーキングスペースとして、来客の際は、ゲストルームとしても活用しています。リビングとは目線が異なって、家に居ながらにして景観の変化を楽しんでいるそうです。
樹々に囲まれたこの土地は、オーガニック・スタジオのコンセプトのひとつ、「パッシブデザイン」も存分にそのよさを発揮できる環境です。夏の暑い盛りでも、K邸の建つ場所自体が、最寄りの駅周辺と比べ、1℃から2℃気温が低く感じることに加えて、雑木林からの清涼な風が家の中を巡り、エアコンを止めていた帰宅直後も、ひんやりした空気を感じることができたと言います。
ふたりの子が産まれたあとは、それぞれ育児休暇をとったというマサヒロさんは、現在在宅勤務。和室を仕事部屋としています。ミクさんは長男の出産後、仕事を離れていますが、子どもたちが少し大きくなったら仕事に復帰する予定。「ふたりこの家で仕事をすることになるのかな」と言います。
写真左:玄関の高い位置につけられた窓からも緑が望めます。暑い夏も雑木林からの風が、家の中を巡ります。写真右:音楽、楽器演奏が好きなミクさん。リビングの一角に設けたアメリカンレッドシダーの壁面をディスプレイスペースとしてギターを飾っています。「将来は、この家でこどもと一緒に楽器を弾けたらいいなあと思っています」
ここに住んで気づいた雨の日の美しさと思いがけない光景
入居してからおよそ2年半。四季をこの家で過ごしてきたおふたりは、ささやかだけれどたくさんの発見があり、お気に入りの時間と楽しみができたそうです。
「このリビングの大きな窓からの眺めが一番お気に入りですね。どんな天気でもそれぞれのよさがあって。私がとくに好きなのは、まだしーんとしている雨の日の朝、キッチンから、雨に濡れる森を眺めながら、雨音を聞く時間なんです。以前は気に留めていなかったのですが、雨っていいな、と思うようになったのはこの家で暮らしてからですね」とミクさん。
マサヒロさんは、ここで思いもしなかった光景に出会えたと、冬に撮ったという写真を見せてくれました。
「雪が積もる日が年に一度か二度あるのですが、白い森がキラキラとしていて、振り返れば雪をまとったこの家の木の外観が青い空に浮かび上がっている。まるで雪山のロッジに来たようだったんです。幼いころから家族でスキーに行くのが恒例だったのですが、その思い出の光景を、まさか自分が持った家で眺められるなんて思ってもいませんでした。思わず自分の家の写真を何枚も撮ってしまいました」
K邸を抱くように広がる雑木林は、季節の繊細なグラデーションと、時にドラマチックな変化を暮らしにもたらしてくれます。
「家を持とうと考えたときは、具体的なプランは持ち合わせていませんでした。場所も通勤圏内であればどこでもいいと。ただ緑が多い場所だといいなと漠然と考えていたぐらいで。2年半住みながら、だんだんこの家とこの場所になじんできた感じです。ここでよかったなと思っています」
そう話すミクさんとマサヒロさん。巡り合ったこの土地を選び、自然の繊細なうつろいをキャッチし、その光景に胸を躍らせ楽しむ暮らし。巡り合いや変化を自然体で受け入れてきた結果、導かれるように自分たちらしい暮らしにたどり着いたということが、驚きでもあり素敵だなと感じるお話でした。
リビングの窓辺で外を眺めて。自然がもたらすさまざまな景観の変化を楽しむ暮らしが、これからも穏やかに続いていくでしょう。
撮影/柏原真己 かしはら・まき
フォトグラファー。東京都出身。写真スタジオアシスタントを経て、2001年よりフォトグラファーとしてフリーランスで活動を開始。90年代半ばに沖縄、八重山諸島を訪れて以来、その魅力に取り憑かれ2003年~2010年まで沖縄に在住。雑誌やCDジャケットを中心に東京や沖縄の様々な媒体を手掛け、2011年より活動拠点を東京に移す。
文/大武美緒子 おおたけ・みおこ
フリー編集者・ライター。さいたま市在住。アウトドア関連の出版社、企業の広報誌や社内報を制作する制作会社勤務を経てフリーに。「身近な自然とつながる」をコンセプトとしたリトルプレス『Letters』編集・発行人。著書に『山の名前っておもしろい』(実業之日本社)、共著に『山歩きレッスンブック』(JTBパブリッシング)がある。